迷宮の魂
「私、お酒強くなくて。お仕事前に飲んじゃったら顔に出ちゃうし」
「大丈夫よ。少々赤い顔してたって、誰も何も言いやしないから」
そう言って遥は、自分の分と美幸の分を注文した。
出されたビールの小瓶の口に、シャフト型にカットされた生のライムが刺さっていた。どうやって飲んだら良いのか判らずにいると、
「こいつを瓶の中に押し込むの。で、瓶のままグイっとね」
そう言って遥がやって見せ、瓶のままごくごくと美味そうに飲み始めた。
美幸も真似してみた。
ビール特有の苦味が、ライムのせいなのかいくらかライトな味わいになっている。
「ね、いけるでしょ」
目を細め、笑みを浮かべた遥は、ちょっとかっこいいなあ、と美幸は思った。
彼女は何を話すでもなく、ビールを飲み煙草を燻らしていた。そのうち美幸はビールの酔いも手伝ってか、いろいろと遥に話し掛け始めた。自分でも驚くほど饒舌になっていた。気が付いたら自分がこの島に来るきっかけになった男関係の話までしていた。
「……そういう事もあって、何もかも忘れたいなあって思ったんです」
「美幸ちゃん」
「はい」
「うちらはさあ、みんな理由有りでママさんのとこに流れて来てんのさ。たまにリゾート気分で短期間だけバイトして行く子もいるけど、二、三ヶ月以上居る子達は大概そうさ。このあたしも含めてね。だから、他人がどういう理由でここへ来たかなんて興味無いんだ。て言うかさあ、持たないようにしてるんだ。だって、理由なんてみんなあんたと似たり寄ったりなんだから」
遠くを見つめるように目を細めて、遥はそんなふうに言った。
「自分の事を思い出してしまうし、それに、自分の事を話せば話した分だけ、他人の事も知りたくなるでしょ。だから、この島に居る間は、そういう話はしない方がいいし、他人の事も詮索しない方がいいよ」
そう言い残して立ち上がった遥は、ジーパンのポケットから千円札を二枚出してカウンターの上に置いた。