迷宮の魂

「マスター、一緒にね」

「遥さん、私の分は出します」

「いいよ。あたしが勝手にビール付き合わしたんだから。今日は奢り。それよかぼちぼち時間だから行こうか」

「はい、すいませんご馳走になっちゃって」

 カフェを出ると風が強く吹いていた。

「スコールが来そう。急ごうか」

 スコールと聞いても美幸には余りぴんと来なかった。

 空を見上げれば、確かに灰色の雲が厚く垂れ込めている。

 寮であるアパートに着いて間もなく、遥が言ったスコールという言葉に納得した。

 それは正しくスコールとしか言いようのない激しい雨で、空から水のカーテンが降りて来たようで、こんな雨を美幸は生まれて初めて見た。

 この島が東京の一部である事を、信じられない気持ちで外に目をやっていた。

 その雨も程なくすると上がり、嘘のように太陽が姿を現した。

 5時になって、身支度を終えた遥が美幸の部屋をノックし、迎えに来た。

 初日の時も感じたのだが、私服の時とはがらりとイメージが変わる。その事を言うと、

「男どもを化かしてなんぼだからね」

 と笑った。

 ママの家に行くと、既に何人かの女の子が食事をしていた。

 二人の姿を見た彼が、皿に夕食のおかずを盛り付けてくれた。

「美味しそう。食欲そそるわぁ」

「そそられ過ぎちゃって、私なんか5キロも太っちゃった」

「悦ちゃんの場合は、直さんの料理のせいじゃなくて、アルコール太り」

「そういう遥さんだって」

 先に食事をしていた女の子達と軽口を交わす遥を見ていて、この人達にもいろいろな事情があるんだろうなと、カフェでの話を美幸は思い起こしていた。


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