迷宮の魂
どうして自分から言ってしまったのだろう……
そう自問してみるが、自分でも理由が判らない。だからと言って後悔はしていなかった。寧ろ晴れ晴れとした感情が広がっている。ただ、打ち明けてしまった事で相手との関係が妙な具合になってしまった。その事の方が和也には不安を抱かせた。
と同時に、生まれて初めて感じる喜びも生まれており、そういった様々な思いが複雑に交錯していた。
過去を自ら打ち明けた相手、その河村智恵美の残り香が消えかかると、見上げた先に母の待つ高層の市営住宅が見えた。
釧路川沿いに建つ12階建ての5階に、和也は母と暮らしている。
19で和也を産んでいるから、母は今年46歳になる。
和也が3歳になったばかりの頃に父親と別れ、和也は父の方に引き取られた。
父親に引き取られてからは、生まれ故郷である北海道に来た事は無い。父親は和也に一切母親の事を教えず、死んだと言い聞かせていた。
自分の母親が生きていて、名前が敬子であると知ったのは、父親が死んで一年ばかり過ぎた頃であった。22歳の時だから、今から5年前の事になる。
市営住宅の小便臭いエレベーターに乗り、5階のボタンを押す。古いエレベーターはもどかしい程にゆっくりと動いた。
住人の誰かは判らないが、しょっちゅうエレベーターの中で小便をする者がいて、注意書きが貼られている。昼間は管理人が掃除しているので、余り臭いは感じないが、夜になると必ず臭いが充満している。
なるべく息を吸い込まないようにしながら、早く5階に着かないかと和也は苛立ちを抑えていた。
のろまなエレベーターがやっと5階に止まった。廊下に出、新鮮な空気を深く吸い込み腕時計に目をやる。針は既に深夜の2時を指していた。
足音を忍ばせ、そっと部屋の前に近付く。鍵を静かに回し、扉を開けると、部屋の奥でこっちを睨む敬子がじっと立っていた。