迷宮の魂
「こんな時間まで飲み歩いて……又あの女の所かい?」
何も答えずにいる和也を見て、敬子は一層険しい表情を見せた。
「自分が今どういう状況だか判ってんのかい?大事な時だっていうのに……本当にお前ときたら……」
段々と声を荒げ始めた敬子を無視し、和也は四畳半の台所兼居間を通って奥の自分の部屋へ入ろうとした。
ただでさえ狭いのに、敬子が立ちはだかるように前を塞ぐ。
「朝が早いんだ。寝させてくれ」
母親の身体を払い除ける訳にもいかず、和也は敬子がどくのを待った。
「保護司の宮内さんだって言ってるじゃない。仮釈放の間は、日頃の行いに注意しなさいって。何も母さんはお酒を飲んじゃいけないとは言ってないのよ。飲むなら家で飲めばいいんだから」
荒げていた声が、今度は涙声になって行く。
又始まったかと和也はうんざりした気持ちになった。
「せっかくいい仕事先も見つかって、何とか立ち直って行けそうだというのに……あの女がいけないんだ。あの女のせいで……」
「あの女ってなんだよ。関係ないだろ。酒飲んで、ただ楽しんで来てるだけじゃないか。それに、ちゃんと遅くなるって何時も電話してんだろ。
大の大人が一々そんな事してんの見て他人はどう思う?あいつ27にもなってマザコンじゃねえのかって笑われるんだぜ」
「仕方ないじゃない、マザコンて他人に言われたって。夜中に街中をふらついて間違いでも起こしたら、又刑務所に戻されちゃうんだよ!」
刑務所という言葉を耳にした和也は、巻いていたマフラーを解き、思いっ切り襖に投げ付けた。
「あんたは……あんたは人様よりもいろんな事に気を付けなきゃいけないんだよ。短気を起こして喧嘩でもしたら……」
「もういいったら!」
堪らず和也は敬子の身体を押し退けて襖を開け、中に入ると勢いよく閉めた。敬子が敷いてくれた布団に服も脱がず倒れ込む。襖越しにすすり泣く声が聞こえて来た。
さっきまでの浮き立つような気持ちはすっかり萎えてしまい、代わりに、こんな筈じゃなかったのにという思いが冷えた部屋を一層寒々とさせた。