迷宮の魂

 事件発生からこれといって進展がないまま、年が改まろうとしていた。

 捜査員達が掻き集めて来る情報を振るいに掛けながら、何とか手掛かりをと誰もが思っているのだが、鍵を握っていると思われる小野美幸はおろか、高瀬亮司の尻尾さえ掴めないでいた。

 小野美幸の実家がある新潟からも、一切の情報が無い。中野のマンションに住む友人にも連絡はしてないようだ。

 高瀬亮司を知る者は、誰もが首を傾げ始めていた。何処の売人の網にも引っ掛かって来ない。こんな事は、刑務所に入っていない限り考えられないと、シャブ仲間でさえ口にした。

 肝心要の佐多和也に関しては、新しい手配写真とマスコミ報道もあってか、秋口位まではいろいろと情報が寄せられたが、殆どが信憑性の薄いものばかりで、前嶋は5年前の事件と一緒だなと感じていた。

「へええ、捨てたもんじゃねえな」

 昼食代わりのカップラーメンを啜りながら、加藤が新聞の記事を読んで独り言を言った。

「何か善い事でも書いてあったのかい?」

「ええ。大阪でなんすけどね、火事にあった家から子供と母親を助けた青年の事が載ってんですよ」

「ほう。表彰もんだね」

「最近は世知辛い世の中になっちまってますからね。こういう話があるとほっとしますよ」

「ちょっと見せてくれるかい」

 加藤から新聞を受け取り、三面記事の一番隅にあったそのニュースを読んだ。

「前田健一さん40歳……」

 そういえば、佐多もそれ位の歳になるか……

「キャップ、そろそろ会議が」

 三山が前嶋に告げた。

 進展の無い報告を今日もしなくてはならないかと思うと、気が滅入りそうになる。

 三山のレポートから新しい事実を幾つか掘り出しはしたが、事件解決の糸口までにはなっていない。事件に関わっていると思われる人間を、誰一人として拘束出来ていない。

 真実を持ち逃げしたままか……

 今日の会議で持ち出される内容をある程度知っている前嶋は、努めて明るい表情をしながら会議室へと向かった。


< 165 / 226 >

この作品をシェア

pagetop