迷宮の魂
(課長、面会の方がお見えです)
三山はインターフォンに向かって応接室へ通すようにと言った。
今日の予定表には面会者の名前は無い。
いったい誰だろうと思いながら、面会室のドアを開けると、そこに懐かしい顔があった。
「キャップ……お久しぶりです」
前嶋だった。
「もうキャップじゃないよ。三山警視」
10年振りになるだろうか。自分に捜査の何たるかを教えてくれた、いわば恩人ともいえる人だ。
あの当時はまだ髪も黒々としていたが、今では、年齢相応に白いものが増えて、生え際辺りも薄くなっている。掛けていなかった眼鏡は、老眼鏡であろうか。変わっていないのは、刑事には似つかわしくない優しげな笑顔である。
「本庁の捜査課長かぁ……女性として、しかもその若さでここまでになるには大変な努力をしたんだねぇ。遅ればせながらだが、おめでとう」
「ありがとうございます。それもこれも、キャップのお陰です」
「もうそのキャップは止しにしないか」
そう言いながらも、前嶋の顔は何処か綻んでいた。三山がお世辞ではなく、本心から今の言葉を言ってくれているのが、前嶋にも伝わっていたからだろう。
「普通に、前嶋と呼んでくれ。今じゃ宮使えも終えた身だからね」
「そうでしたね。この春に定年を終えたんですよね」
「ああ。やる事が無くて、一日中家に居るもんだから、女房に煙たがられているよ」
相好を崩した顔を見ていて、前嶋はいい定年後を過ごせているのだなと感じた。
「三山警視が担当している部署は、ネット関連の新しい部署だとか?」
「ええ。サイバーパトロールとか言って、自慢げに言う上司も居ますが、まだそれ程のものじゃないんですよ。ネットやコンピューター関連の犯罪は、こちらの想像以上に日々進化していますから」
「いずれにしても、貴女なら大丈夫だ」
「余り買い被らないで下さい。私はそんなに優等生な部下ではありませんでしたから」
「その、私の部下であった頃の話なんだが……」