迷宮の魂
前嶋は、まるで言葉を探しているかのような話し方をした。
「私が思うには、小野美幸もひょっとしたら思い違いをしてしまったのじゃないかと思っているんです。
彼を追うようにして八丈島を出た小野美幸は、恐らく津田遥の部屋へ乗り込んだんじゃないかと。そこで、津田遥との間で、彼を巡っての言い争いめいた事があったのでしょう。
津田遥にしても、小野美幸にしても、山本直也という男が佐多和也だという事を何かの事情で知ったのだと思います。それが、事件とどう結び付いていったかまでは、当人達にしか判らない事ですが。
それはそれとして、事件の直後、佐多和也が指名手配されたのを知った小野美幸は、自分のせいで彼は人殺しになったと思い込んだのではないでしょうか。
全ての状況は、彼を犯人とする方向へ向いてしまってましたから、致し方がありません。
三山警視、小野美幸の消息を知っていますか?」
「え!?見つかっていたのですか?」
「最近になって漸く判りました」
「でも、マスコミには……」
「もう10年前の事件ですから。それに、確認したと言いましても、あの姿を見たら、果たして本人なのかどうかも実際の話、定かではありません。
現実に、小野美幸の両親でさえ違うと言った位でしたからね」
「彼女は今何処に居るんですか?」
「世田谷の重度精神病院です」
「気が……」
「見つかった時に、既にそういう状態だったそうです。保護されたのは、もう何年も前らしいのですが、最初の頃はまるで言葉も喋れなかったそうでして。
最近になって、精神医学の進化もあってか、催眠療法というやつですか、それで何人かの名前や、部分的な記憶を取り戻して来たらしいんです。
それで、彼女の身許が判明したという訳でして。ただ、事件の事となると、突然喚き出したりして、何も喋らなくなるんです。
それでも、断片的な言葉を繋ぎ合わせていったら……」
「先程、仰っていた思い違いの事を?」
「まあ、私なりに聴き取って出した推測ですが」
三山は、変わり果てた小野美幸の元へ、何度となく足を運んだであろう前嶋の姿を想像していた。