迷宮の魂
時間を忘れてしまう程、前嶋の話を聴き続けていた。彼が帰り際に残した言葉は、三山の心を重く縛り付けていた。
どうか、彼を闇の中から救い出して上げて下さい……
出来るものならそうしたいと思う。
自分にとっても、忘れ難い事件の容疑者であり、事件そのものが未解決になっている。真相を究明しなければ、殺された津田遥の魂も浮かばれない。
しかし現実には、自分にどうする事も出来ない。組織の一員である身だからだ。
課の違う者が、捜査に嘴を挟む事は出来ない。幾ら、事件当時の捜査員であったとしても、今の立場は違う。
それだけではない。当時の捜査本部は既に解散し、所轄署の継続捜査に移っている。が、継続捜査とは言っても、実際は迷宮入り扱いも同然になっている。
巷では、日々新たな犯罪が生まれ、警察はそれを迅速に解決するべく動かなければならない。
進展の見られない事件に、多くの人員を何時までも関わらせる訳には行かないのだ。
頭では判っている。しかし、前嶋の言葉が消えようも無く三山の心を鷲掴みにしていた。
応接室の大理石で作られたテーブルには、前嶋が置いて行った分厚い資料がある。彼がこの10年間の間に纏め上げたものだ。
この資料に触れれば、三山の心は動き出してしまう。
自分でもそれが判っていた。
組織の一員としての自分と、あの事件に関わった者としての思い。
ふと、何故前嶋は自分にこれを託す気になったのだろうかと思った。
キャリアとして、本庁勤めになっているから?
そんな力は私には無い……
そういう下世話な理由では無い事は、前嶋を少しでも知った人間なら判る。
前嶋さん、私にはまだ荷が重過ぎる……
「課長、二課の生島課長がお呼びです」
ドアの外から声を掛けられ、三山はソファから立ち上がった。
彼女は、躊躇う気持ちのまま、前嶋が置いて行った分厚い資料を手にした。