迷宮の魂
「加藤係長、三山警視がお話があるとかでお見えになっていますが」
「三山警視?」
加藤は一瞬、三山という名前から、その人物が誰であったか思い出せないでいた。
「まさか、あの三山か?」
相手が自分より数段階級が上の人間であるから、取り敢えずやり掛けの報告書をそのままにして椅子から立ち上がった。
「何処に居る?」
取次ぎに来た若い刑事に聞くと、隣の小会議室にお通ししたと言っている。
二人だけでって事か……
三山とは一年足らずしか、一緒に仕事をしていなかった。
加藤は、高校を卒業して直ぐに警察官になり、警察学校を経て拝命した叩き上げである。
一方、三山は国立大学出のキャリアとして、警察庁に入庁。拝命と同時に警部補として現場研修の為に、当時加藤が勤務していた荻窪署に配属された。
キャリアと叩き上げ。しかも、相手は当時としては稀な女性キャリア。水と油の間柄であった。
まともに口など利いた記憶も無い。一年もせず三山は異動となり、その後はどういう経歴を積んで行ったかは、加藤の知る由も無い。
そんな関係でしかない三山が、果たして何の用で会いに来たのであろう。
小会議室の扉を開けると、10年振りに見る三山の姿があった。
「お呼びだそうで」
まともな挨拶もせず、加藤は直立不動のまま、三山の前に立った。
「お久しぶりです。お元気そうですね」
「ご用件は?」
相変わらずだなと、三山は込み上げる笑いを堪えた。
「とにかく、座りません?加藤さんは、これがお好きでしたよね」
三山が差し出したのは、加藤が普段から飲みつけている缶コーヒーであった。
「ありがとうございます……」
加藤は少し驚いた表情をし、三山の顔を窺った。