迷宮の魂
加藤は、何事にも妙なこだわりを持っていて、嗜好品にもそれがあった。缶コーヒー位何でも良さそうなものだが、彼に言わせればそうではないらしい。
三山は憶えていた。暑い盛りに二人で外回りをした時など、気を遣って三山が冷たい物を加藤の分も買ったりするのだが、決まった銘柄の物しか受け取らなかった。
それを、10年経った今でも憶えていた。
加藤の方も、三山がまさかそんな事を憶えていたとは思ってもいなかったから、尚の事驚いた。
「その節は、いろいろとお世話になりました」
「いや、別に世話など……。
そんな昔の礼をわざわざ言いに来た訳じゃないんでしょ。用件を仰って下さい」
「昨日、前嶋さんがお見えになりました」
「前嶋キャップが?」
「ええ」
三山は、昨日前嶋が自分に話した事をそのまま加藤にも話した。話し終わると、傍らに置いてあった分厚い書類のファイルを加藤の前に広げた。
「現在、荻窪署で継続捜査していますが、実質は打ち切りみたいな状況です。佐多の時効に関しては、既に八王子の殺人が時効成立、荻窪の事件に関しては、時効撤廃の法案が通れば別ですが、現行法では残り4年で成立します。
一応、現在も佐多が容疑者の一人ではありますが、その真実もどうなのか判りません。ただ、前嶋さんが言っていたように、佐多が逃走を続けている限り、本人の意思に関わらず、新たな犠牲者が出る可能性があります。
彼を捕まえて上げる事は、彼の為でもあると言った前嶋さんの気持ち、私には良く理解出来ます」
「それで、この俺にどうしろと?」
「もう話の流れでお判りだと思いますが」
「協力しろと?」
「私に命令する権限はありません。それに、私達はこの事件を捜査する立場でもありません」
「今、私達と仰いましたが、まだ俺は協力するとも何とも言っていませんよ」
加藤の言葉に、三山は笑みを浮かべた。
「信じていますから」
「何を信じてらっしゃるのか、キャリアの方の考えてる事は判りませんな」
「貴方の中にも、燻ったままのものがありますよね?」
加藤は三山の言った言葉を胸の中で反芻していた。