迷宮の魂

「都合がいいんです」

「何の事ですか?」

「貴方は、機捜にいらっしゃる。所轄に囚われずに比較的自由に動けます。しかも、荻窪の事件では、専従班でした。どうです?」

「言わんとしてる事は判りますけどね、年中デスクで書類と格闘してらっしゃる警視様と違って、俺達機捜は、それ程暇じゃないんですよ」

 三山がまた笑みを見せると、

「何がおかしいんです?」

「変わってませんね」

「はあ?」

「私、貴方のそういった物言いとか、嫌いじゃないです。何だか荻窪を思い出しちゃって」

「妙な事を言うもんだ。警視に色目を使われてもそう簡単に落ちませんから。これでも女房子供が居る。まあ、本庁の美人キャリアと不倫して懲戒になるのも、叩き上げからすれば出世のうちに入るかも知れませんけどね」

 今度は加藤も笑みを見せ、二人で声を出して笑い合った。

「しゃあねえなぁ。しかしあんた、あ、いやすみません、警視が動いたりする事なんか実際の話、無理なんじゃ?」

「加藤さん、別に無理に警視なんて呼ばなくても良いですよ。あんたで構いません。この捜査は、言わば職務外に当たりますから、お互い、荻窪当時に戻って、先輩後輩の関係でいいじゃありませんか」

「まあ、あんたがそう言うなら。そうだ、早速って訳じゃないが、一つ面白い情報がありますよ」

 加藤は、伊勢佐木署で聴いて来た話を三山にした。

「そうですか。高瀬は殺されたんですか」

「埼玉県警に問い合わせた結果、平成10年の7月頃に身許不明のホトケが確かに秩父山中から出てます。当時の科捜研じゃ、今みたいに正確なDNA鑑定なんか無かったから、調べられたのは、血液型と性別、推定死亡日時位なもんでしたから、そのままお宮入りになってたんです」

「事件の真相の鍵はこれで一つ消えたのね」

「とにかく、佐多です。あんたも腹括ってるようだから、俺も出来る限りの事はしますよ。けど……」

「けど、何ですか?」

「あんたの方が階級は上だけど、この件に関しては、命令は御免ですよ。俺は俺のやり方がある」

「ええ、それで結構です」

「好み、憶えていてくれたとはね……」

 椅子から立ち上がった加藤は、缶コーヒーを手にし、そう言って会議室を出て行った。





< 190 / 226 >

この作品をシェア

pagetop