迷宮の魂

 歩きながら男は思った。

 自分の人生とは何だったのであろう……

 人を傷付け、殺め、不幸にしてしまうだけの人生だったのか。

 自らは死に切れず、生き長らえ、そして先の無い人生を彷徨う。

 息子に殺されてしまった父の人生とは?

 独り残されたその息子の母親は?

 こんな男に関わってしまったが為に、夫を棄て、娘を手放してしまった女は?

 一緒に十字架を背負うと言ったが為に、人を殺め獄窓の露となった女は?

 人知れず誰とも関わる事を避けて来たのに、何故、人は関わろうとするのだろう。

 あの女は言った。

(あんたは、あたしじゃなきゃ駄目なんだ)

 同じ業を背負った者同士、ひっそりと生きて行けばいい……

 一緒になってくれなければ、あんたの事を全部……

 焼印のように残っているあの日の出来事。

 何故、お前らは俺を放っといてくれないんだ……

 そう言えないまま、女達の怒声を聞くばかりだった。

(あんたなんかに、この人を渡さない!)

(あんたみたいな小娘と、この人が一緒になる訳無いだろ)

(殺してやる!)

(やれるもんならやってみな!)

 数日後、一人の女が死んでいた。

 どうしてこうなるんだ……

 誰にぶつける事も出来ない憤り。過ぎるものは、もう一人の女の言葉。

(殺してやる!)

 俺のせいだ。俺に関わるからだ。血溜りの中で光を失った目。微かに温もりのある肌。部屋の中を拭い、刺さったままの包丁を抜き、それも拭う。

 窓の外を見た。隣人が階段を上がって来る。

 今だ!

 隣人にぶつかる。

 これでいいんだ。

 これで……

 
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