迷宮の魂
暫くあの視線を感じていなかったのが、ここのところ、また感じるようになった。
尚美の脳裏にあの浮浪者が浮かんだ。
ふと感じた時に、辺りを見回すのだが、姿は見えない。間違い無くあの時に感じた視線なのに、男の影すら見えない。
日を追う毎に、不安は怖れに変わって行く。
警察に届けたとしても、現実に被害が無ければ、ただ話を聴かれただけで終わってしまう。
そういう事例を新聞やテレビで何度も見た。
警察は、何かがあってからじゃないと動かない。
誰かに相談しようにも、身近な人間と言えば、同居している祖父と祖母位。二人とも80過ぎなのに達者ではあるが、年老いた二人に心配は掛けたく無い。
尚美の父親は、7年前に肝臓を患って他界している。残る家族は嫁に行った妹だけ。
その妹は、何かにつけて尚美の事を心配してはくれるが、釧路と根室ではそうそう駆け付けてくれるものでもない。
何時かはあの浮浪者が、近付いて来るのではないか……
今は遠くから窺うようにしているだけだが、尚美にはそんな予感がしてならなかった。
悪い予感は外れて欲しい……
そう願っていた尚美であったが、現実となる日がそこまで来ていた事をこの時は夢にも思っていなかった。