迷宮の魂
三山と加藤が、通常の捜査の合間を縫って佐多和也を追う事にした時、三山は先ず大阪での記録を丹念に洗い直す事にした。
膨大な捜査資料をパソコンにファイリングし、共通するものをピックアップして行く。
根気の要る作業だった。
三山が共通するものとして真っ先に項目を設けたのは、名前であった。
西成周辺の簡易旅館に、佐多と思われる人物が泊った際に使った名前をファイリングし、その名前に引っ掛かるものを全てチェックして行った。
加藤は、三山とは別方向から佐多の足取りを追う事にした。
「やっこさんのケツばっかり追っかけても、結局は追いつけねえ」
そう言って、彼は佐多が潜伏、ないしは立ち回りそうな場所を特定する作業を進めていた。
三山が膨大な情報の中から、ある事実を見つけ出して来たのは、二人が内密の捜査を始めてから半年近く経った頃であった。
前田。ある時期、この名前が西成周辺の簡易旅館で頻繁に使われていた。その名前に引っ掛かったものは、意外な事に新聞の三面記事であった。
『3月27日深夜午前2時頃、西成区、動物公園前駅商店街で火事があり、「居酒屋とも」が全焼。その際、同店二階の住居で寝ていた笠松朋美さん(30)と、長女千佳子ちゃん(3)が逃げ遅れそうになっていたところを前田健一さん(40)が助け出した。尚、救助の際に、前田さんは顔や腕などに火傷を負い、病院に運ばれ……』
前田という苗字だけで、佐多と結びつけるのはこじつけかも知れないが、とにかく引っ掛かるものは全て調べてみる事にした。
三山は西成署に電話をし、笠松朋美の当時の住所を教えて貰った。
笠松朋美は天王寺の方に引っ越していたが、運良くNTTに電話番号を登録してあった為、本人と連絡が取れた。
三山は、10年前の事を聴き出す理由を、
「前田さんに警視総監賞が出ているのですが、ずっと行方が判らずこちらとしても、困っておりまして。警察もお役所なものですから、表彰すると決めたものをそのままにして置く訳にも行かないのです」
と言った。
笠松朋美は何の疑いも無く三山の話を信じた。
笠松朋美の話から、当日運ばれた救急病院が判り、三山は礼を言って電話を切った。