迷宮の魂
『緊急配備!緊急配備!杉並区天沼〇丁目〇〇番地セピアコーポ202号室内にて同室住人らしき女性の死体発見。隣人よりの通報から、被害者と同居していた男性が何らかの関わりがあると思われる。尚、当該男性は現在逃走中の模様。同アパート周辺に一斉配備を求む。特徴、身長175㌢前後、痩せ型……』
刑事部屋全体に緊張感が漲った。
「加藤君、行こうか」
帰り支度をしていた捜査一課の前嶋係長は、同じ班の加藤刑事に声を掛けた。
「現場ですか?それとも周辺配備に?」
「そっちは機捜がいくだろう。所轄の俺達は現場が先だ」
「キャップ、私もご一緒します」
「三山警部補はコロシの現場初めてですよね。大丈夫すか?」
明らかに小ばかにしたような口調で、若い女刑事の方を向いて加藤刑事が言った。
「コロシの現場に女は不要ですか」
突っ掛かるような物言いをする三山刑事を宥めるように前嶋係長が、
「女性とはいっても一応一課に配属となったんだから、こういう現場に早く慣れなきゃな」
と言って刑事部屋を出た。
加藤刑事の運転で現場に到着した前嶋は、一足早く現場に到着し念入りに部屋を調べていた顔見知りの鑑識課員に近付いた。
「雄さん、どお?」
雄さんと呼ばれた鑑識課員が半開きになった襖の奥を指差した。そこにはうつ伏せになった女の死体が発見時のままの状態で横たわっていた。畳一面に被害者のものと思われる血が広がっている。
血の出所は直ぐに判った。うつ伏せになった身体の左胸辺りが、一番血溜まりが大きい。
「凶器は特定出来たのかい?」
「台所にあった包丁だな。被疑者の指紋採取に回してる」
「心臓を一突き。苦しむ間も無くあの世行きってやつだな」
前嶋は部屋の中を見渡し、思いの外乱れていない事に少し首を傾げた。