迷宮の魂
全てが合致した。
前田健一なる人間が佐多和也である事は疑う余地も無い。しかも、大阪の病院から送られて来た前田健一の術後写真を釧路署へファックスで転送し、この人物を見掛けたら至急連絡をくれとしたところ、昨年の平成20年11月に、暴行容疑で拘留した事のある者だと判った。
「何故、その時に佐多和也だと判らなかったのか!」
物凄い剣幕で電話の相手に怒鳴る加藤を慌てて三山は止め、彼から受話器を引っ手繰り、代わった。
釧路署の言い分も尤もであった。
両手が火傷の痕で爛れていて、指紋も何もあったものではなかったらしい。
佐多はまだ釧路に居る。
何故、釧路に舞い戻ったかは判らないが、とにかくそこに居る。
三山は、本庁捜査一課の橋本剛史課長に会う事にした。
これまで集めた捜査資料を携えて、彼女は橋本課長の部屋をノックした。
橋本課長の第一声は、
「本来なら越権行為だが、それは、この際目をつむる」
であった。
「早速、釧路署へ佐多和也の身柄を確保するよう要請するよ」
「橋本課長、当然こちらからも?」
「勿論だが、まさか君も行くなんて事じゃないだろうな」
自分自身、野心家だと認めている橋本課長は、他人のそういう匂いに敏感だ。
三山も自分と同じで、栄達の為にこの件に首を突っ込みたいのだろうと思ったのかも知れない。
「そのまさかは駄目でしょうか?」
「部外者だろ。応援という名目にしても、頭数なら、現地と機捜と所轄で足りる」
「名目ならあります」
「事件当時の捜査担当というのでは駄目だよ」
「いえ、そうではなく、私の方で新たなフダ(逮捕状)を取ります」
「何の容疑だ?」
「詐欺で」
三山は説明した。
架空名義で銀行を騙し、口座開設を強要した罪。
被害届を銀行から出させると三山は言った。