迷宮の魂

 自然とこの場所に来てしまった。もう何度目だろう。こうして彼女の帰りを待ち、そっと物陰から様子を窺う。それだけの事だ。

 斜め向かいの駐車場に入り、二台並んで停めてあった車の間に身を隠し、彼女を待つ。

 手も足もかじかみ、冷たいというより、痛さを感じている。一旦寒さで震え出すと止まらなくなる。

 東の空はすっかり暗くなり、黒い闇が広がり始めていた。僅かに残った西の空の光が、厚い雲を濃い紫色に染めていた。

 ふと、人の気配を感じ、男は更に身を縮めた。

 もう何年も身に付いてしまった癖。人の気配に怯える習性。

 若々しい笑い声が聞こえて来た。近くの高校生だろうか。

 その声が、駐車場の前で止まった。

「おい、見ろよ」

 仲間の一人がこっちを向いている。身を隠すところを見られたのかも知れない。

「あいつ、最近うろうろしてる化けもんじゃね?」

「この前もここに居たよな」

「きたねえホームレスなんかほっとこうぜ」

「それよかさ、あいつ、退治しちゃわない?」

「やっちゃう?」

「やっちゃおうか」

 男は身の危険を感じた。右足を引き摺りながら、駐車場から出る場所を探した。

 出入り口は路地側の一箇所しか無かった。そこには高校生達が居る。彼等と目があった。

「こらぁ、化けもん!お前なんかに生きてる価値なんてねえんだよ!」

 いきなり石が飛んで来た。最初の一つはかわせたが、同時に何個も投げられたから、避けようが無かった。

 頭に衝撃を感じ、男は悲鳴を上げ、膝を付いた。

 脇腹に蹴りが入り、蹲ったところを何度も踏み付けられ、蹴られた。

 どうして……

 どうして、こうなる……

 殺されるのか?

 死ぬのか?

 そうか……

 なら、このまま……

 男は考える事を止め、されるがままになっていた。



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