迷宮の魂
バスから降り、通りを渡った反対側の路地を入ると、もう自分の家が見える。
もう直ぐ4月だというのに、歩道はまだ根雪が凍り付いていて、車道より30㌢ばかり高くなっている。
本土では、桜がどうのとかニュースでやっているが、この街にはまだ暫く春は来ない。
凍った道に足を滑らさないよう、小股でちょこちょこ歩きながら、尚美はバス停からの家路を急いだ。
このところ、祖母の具合が余り芳しくなく、食事の支度を尚美がして上げなければならない。
路地の角を曲がろうとした時、家の斜め向かいの駐車場で人が騒ぐ声が聞こえた。
何だろうと見てみると、四、五人位の高校生達が、一人の男に暴行を加えていた。
鞄で殴ったり、蹴ったりしている。
雪の上を転がされ、身体を小さく丸めて蹲る男に見覚えがあった。
何時か見た浮浪者だ。
尚美は、無意識のうちに駐車場の方へ駆け出していた。
凍った道に何度か滑りそうになりながら、高校生達の傍へ行った。
「貴方達、警察を呼ぶわよ!」
携帯電話を手にし、今から電話をする仕草を見せた。
「やべえ!」
「逃げろ!」
口々に言いながら、浮浪者に暴行を加えていた高校生達はその場を走り去って行った。
「大丈夫ですか?」
恐る恐る男に近付いてみると、男の頭や顔から血が流れているのが見えた。
初め、暴行を受けた事で、そういう顔になっていたと思っていたが、良く見ると、顔の半分が火傷の痕なのか、醜くケロイド状に崩れていた。
丸くなって倒れたままの男は、不気味な唸り声を上げ、もがいている。
尚美は救急車を呼ぼうとし、携帯電話のボタンを押そうとした。
「きゃっ!?」
尚美の足首を男の手が掴んでいた。醜い顔を上に向け、男は力無く何度も首を横に振った。