迷宮の魂

 二階の祖母と祖父に聞かれはしまいかと、尚美はおろおろしてしまった。

「どうしたんですか?」

 二度三度そうやって声を掛けたが、男はなかなか泣き止まなかった。

「尚美、誰か来てるの?」

 二階から祖母の声がした。

「うん、ごめん友達がね」

「そう」

 そのやり取りを聞いて、男は我に返ったかのように泣き止んだ。

「すまない。ちょっと思い出してしまったんだ……」

「辛い事を、ですか?」

「辛い事も、そうじゃなかった事も……」

「シチュー、まだありますけど」

「ありがとう……胃が、そんなに食べられなくなってね。美味しかった。懐かしい味だった……」

「良かった」

 尚美は、自分のバックから財布を出し、入っていたお金を差し出した。

 男はビックリした顔をし、

「そこまでして貰う訳にはいかない!」

 と、きつい口調で拒んだ。

「これは、差し上げるのではありません。何時か、返して頂ける日が来たら、その時に。余り沢山じゃありませんけど」

「返しに……その時、また会っても構わないんだね?」

「ええ。その代わり、その時にはちゃんと、どうして私の事を知ってらっしゃるのか、教えて下さい」

 頷いた男は、尚美が差し出す金に手を伸ばそうとした。

 ふと、遠くからサイレンの音が聞こえて来た気がした。



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