迷宮の魂
沖崎春子は、丁度夕飯の支度で台所に立っていた。
何か物音がする気がし、窓に映る人影を見ると、隣の家の玄関で人が揉めてるように見えた。
窓を開けてみようか迷ったが、他人の家の事に首を突っ込んでも、お節介だと思われてしまうのも厭だ。
それでも好奇心の方が勝ってしまい、ほんの少しだけ窓を開け、覗き見る事にした。
細く開けた隙間から見えた光景は、隣に住む女性に、男が絡んでいる姿であった。
その男を良く見ると、何ヶ月か前から、この辺りをうろつくようになった浮浪者だった。
男が大声を張り上げた。振り向いた顔は、血みどろで、凄まじい形相だった。
沖崎春子は腰を抜かさんばかりに驚き、思わず悲鳴を上げた。
直ぐに立ち上がった彼女は、茶の間に置いてあった携帯電話を取り、110通報をした。
受話器に出たオペレーターに、事のあらましを説明しようとするのだが、気持ちとは裏腹に言葉が支離滅裂になっていた。
電話に出たオペレーターの冷静さと抑揚の無い声が、彼女には腹立たしく思え余計に落ち着きを失くしてしまった。
状況を伝えてくれと言われたので、もう一度窓の隙間を覗くと、浮浪者が女性を家の中に押し込む姿が見えた。
「家に、家に入ってったわよ!立て篭もるつもりよ!」
沖崎春子の甲高い声が、悲鳴のように聞こえた。