迷宮の魂
「家の中から女性らしき悲鳴が聞こえました!」
ジュラルミンの防弾楯に身を隠していた機動隊員が、携帯無線で叫んだ。
その声は、無線機など必要無い程に辺りへ響き、塀の陰などから家に近付こうとしていた警察官達を一気に緊張させた。
小野田巡査は、家の裏側から犯人が、万が一勝手口を使って逃走しないよう見張っていた。
彼にも携帯無線を通して、今の声が聞こえて、反射的に身体が前へ動いた。
「小野田、動くな!」
「はい!」
「命令があるまでは、待機だ。ただし、犯人が出て来たら、即、確保。いいな!」
「はい!」
二十歳になったばかりの小野田は、緊張で血の気が失せた顔を更に青白くさせ、瞬きを忘れてしまったかのように勝手口を睨んだ。
「小野田、落ち着け」
同じ事を今日はいったい何度言われただろうか。横でそう言っている先輩巡査も、よく見ると足を小刻みに震わせていた。
「念の為、何時でも拳銃を抜けるようにしろ」
「判りました」
小野田は右腰のホルスターに手を伸ばし、拳銃の止めベルトを外した。
小野田は、子供の頃から警察官に憧れていた。何時も、自分は大きくなったらおまわりさんになるんだと言っていた。
テレビや映画の刑事物が好きで、犯人を捕まえる場面を観ながら、何時かは自分もああやって悪い奴等を捕まえるのだと。
それが今、こういった形で現実の場面に遭遇するとは、思いも寄らなかった。
大丈夫だ、僕はやれる……
大きく息を吐き、拳銃の銃杷を握っている右手に力を込めた。