迷宮の魂
「おじさん、サタという名前なの?」
尚美が男に尋ねた。
「さっき、警察が言っていた……。ねえ、このままだと、おじさん、もっと勘違いされてしまうわ。
私も、おじいちゃんも、それにおばあちゃんだって、何もおじさんからされてないし、第一、この家におじさんを入れたのは私なのよ。
私……電話で警察の人に言ってみる」
バックと一緒に台所の食卓の上に置いた、携帯電話に手を伸ばした。
男の手の方が早かった。
「どう話したって駄目さ。俺の運命は、こうなるようになっていたんだ」
「何をしたのか知らないけれど、どうしてそう決め付けちゃうの?まだいくらでもやり直しなんて出来るわよ」
「君は……君は知らないからそう言えるんだ。けど、知ったら、そうは言えなくなる」
「なら、教えて?言えなくなるかどうか、聞いても私の思ってる事が変わらないかどうか、言ってみればいいじゃない」
「いや、知らない方がいい。みんな、知ってしまったから、俺と関わってしまったから不幸になってしまったんだ。尚美ちゃんだって、今だけでも充分迷惑しているだろ?
自分の始末は、自分でつけるよ……」
男はそう言って、台所の流しを見渡した。
男が何をするんだろうかと、思っていたら、流しの下の扉を開けて、そこにあった包丁を手にした。
「な、何を……」
「心配しなくてもいい。君を傷付けたりはしないから。お願いだから、君も二階に行ってくれないか」
尚美は、男が何を考えているか、判った。
「駄目よ!」
「お願いだ。二階へ行ってくれ!」
「そんな事させないわ。どうしてそんな事を考えるのよ!」
「頼む……」
男は尚美が止めるのを無視して、勝手口の方へ進んだ。
扉の鍵を開け、ノブを回すとすると、尚美の手がそれをさせまいとした。