迷宮の魂

 じっと勝手口に目を凝らしていた小野田巡査の視界に、二つの影が微かに動いたように見えた。

 物音も聞こえたような気がする。

 裏庭の塀が少し邪魔になって、様子がはっきりと判らない。

 小野田は自然と身を乗り出した。

 勝手口の扉が内側に開き掛けた。黒い塊のようなものが視界に入り、次には、ベージュ色の塊が、黒の塊に光るものを突き付けているのが見えた。

 凶器!?

 ベージュ色の塊が、長い髪を振り乱し、喚いている。

 女!?人質だ!

 小野田は右腰に添えていた手を無意識のうちに動かし、何度も訓練で教えられた動作をした。

 構えた右手の親指で、安全装置を外し、両腕を真っ直ぐ前に伸ばした。

 周りの風景が、何だか映画のスローモーションのように、緩慢な動きに見えた。

 黒い塊がきらりと光る物を振り上げた。

 悲鳴が静寂を破った。そして、悲鳴の中に、三山の声も混じった。

「撃たないで!」

 後ろの方から、確かにそう聞こえたような気がしたが、小野田巡査は、後々まではっきりとは記憶していなかった。

 その次に聞こえて来たのは、乾いた二発の発射音と、更なる悲鳴であった。

 黒い塊が、少しずつ姿をはっきりとさせ、小野田巡査の前で横たわっていた。

 全ては一瞬の出来事だったにも拘らず、小野田巡査はまるで長い時間、そうしていたかのような錯覚に陥っていた。

 佐多和也の倒れている姿がくっきりと網膜に映し出され、小野田巡査は我に返った。

 そして、出せる限りの大きな声で、叫んだ。

「は、犯人確保!」




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