迷宮の魂
あの日、小野田巡査が放った二発の銃弾は、結果的に佐多和也の命を救った。
自らの命を絶とうとした右手の包丁は、最初の一弾が肩口に命中し、切っ先が喉元まで後数センチというところで弾け飛び、第二弾が腰に命中、右蝶骨を砕いた。
入院加療を終えた後、津田遥殺害容疑の取調べが、捜査本部である荻窪署へ移送後に執り行われた。
当初、佐多和也は一切を黙秘していたが、一通の手紙から彼の心境は変化を見せ、あらましを語るようになった。
その手紙の差出人が、河村尚美であったと三山が知ったのは、随分と後の事である。
その手紙に何が書いてあり、何故それまで黙秘をしていた佐多和也が事件の全貌を語るようになったかの心情は、本人しか知る由は無い。
警視庁捜査一課の方針は、佐多和也を津田遥殺害の容疑者としていたが、彼の語る供述は、それらを覆すものであった。
彼の供述は、三山達が出していた答えそのものであった。
津田遥は既に何者かに殺害されていたらしい。
事件当日の三日前、津田遥のアパートを訪ねた際に、小野美幸が突如現れたという。そこで津田遥と小野美幸の両人が口論となり、
「あんたを殺してやる!」
と騒ぎ立てた小野美幸を佐多和也が宥めながらその場を治めたという。
この時に小野美幸が発した言葉が、佐多の運命を縛ったのである。
何故、佐多和也が八丈島からわざわざ津田遥に会いに来たかについては、津田遥からの手紙に、
『もし、私の所に来てくれなければ、貴方の秘密をばらす』
との一文があったからだと証言した。
逃亡犯である佐多の心情を考えれば、充分にあり得る理由である。
佐多和也は、何とか津田遥に自分との関わりを諦めさせようとした。8月11日に八丈島を出てから、三度目に彼女の部屋を訪れた時が事件当日。そこで彼女の死体を見つけた。
彼の脳裏に浮かんだのは、小野美幸が津田遥に言い放った、
「あんたを殺してやる!」
の一言だった。
胸に刺さっていた包丁を抜き取り、その後、現場の偽装を行った経緯は、三山達の推理ととほぼ同様であった。