迷宮の魂

 河村智恵美と初めて出逢ってから三ヶ月が経つ。

 つい今しがた迄飲んでいたライブハウスで、毎年恒例のヘアーショーの打ち上げをした時であった。

『ジェムズ』という、市内に三店舗を構えるヘアーサロンに勤めだしてまだ半年だったから、この時のヘアーショーは初めての参加だった。

『ジェムズ』は市内一の大型店で、スタッフも全店舗を合わせると総勢六十人を超す。が、人口二十万弱の釧路で№1の人気店といっても、都会のそれと比べればそれ程のものではない。

 ヘアーショーにしても実際は名ばかりで、何事も派手好きなオーナーの自己満足でやっている事だと口さがない連中は馬鹿にしている位だった。

 美容師でもない佐多和也が『ジェムズ』に入れたのは、たまたまだった。

 三店舗目のオープンをこの年の七月に控えていた『ジェムズ』は、スタッフを大々的に募集していた。地元紙に載せられた求人広告には、理容師も併せて募集されていて、和也はそれに応募した。

 時代的なタイミングもあった。美容室を利用する男性客が急増したのと、女性の刈上げが流行のヘアースタイルとなっていた影響もあったのだろう。ユニセックス的なヘアーサロンが人気店となり、それは都会だけでなく釧路のような地方都市でも同様であった。

 女性の髪などカットした事のない和也は、面接の際にその事を念押しで聞いた。

「ええ、募集に書いてあった通りです。店の一角にメンズコーナーを設け、入り口も専用のものを作ります。これまで以上に男性客を増やす事が、売り上げアップにも繋がりますしね。それに、理容師さんなら我々美容師よりもカットが上手いし」

 面接担当の男性店長がそう答えた。

 程無くして採用通知が入り、和也は『ジェムズ』のスタッフになった。





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