迷宮の魂
前嶋は張り込んでいる場所で、そろそろ佐多和也が近付く筈だと緊張を高めていた。
そう思った矢先に、バス発着場でパァーンという発砲音がした。
前嶋の待機場所からはバス発着場が見えない。
身を隠していた場所から飛び出してみると、停車中のバスの真横で二人の女が揉み合っていた。
女は浪岡芳子と捜査員の女性刑事だった。
既にバスに乗り込んでいた乗客達は、何事かと窓から首を伸ばしている。
バスターミナル周辺に配置されていた捜査員達が二人のところへ駆け寄って行く。
前嶋は、瞬時に自分達は佐多和也の方だと判断した。
「逃げたぞ!」
電柱の陰から飛び出した別の捜査員が喚いた。
何人かの捜査員が走り出し、待機していた覆面パトカーが緊急灯を屋根の上に乗せて急発進させた。
前嶋は、佐多和也の後姿を一瞬だけ見た。
が、その後、彼の姿を二度と見る事は無かった。