迷宮の魂
入店当初は、理容の仕事とは違う華やかさに戸惑い、右往左往する事もあった。パーマにしてもブローにしても、まるで違っていた。
理容師で採用されたのは和也一人だけだったから、直ぐにメンズコーナーの責任者にされた。仕事振りを比較されるライバルがいない事に越した事はないが、理容師は美容師よりもカットが上手いなどと思い込まれて過度な期待を持たれてしまうのも、ありがた迷惑だなと和也は思った。
いくら美容室に男性客が来るようになったとはいえ、やはり客の大半は女性客だし、第一原宿や青山辺りならいざ知らず、釧路辺りでは思いの外男性客は来ない。
手持ち無沙汰の日々が続いた。
ぼうっと突っ立ってはいられないから、インターンの子に混じり、パーマやブローのヘルプに入ったりした。そうすると、気まずく思われるのか、
「佐多さんも女性客に入ってくださいよ。ショートのお客さんなら問題ないんじゃないですか」
と言われた。そうやって特に指名のない女性客を担当したりしていくうちに、徐々にだが和也にも指名が付くようになって来た。
仕事そのものは何とか慣れ、初めは周りの空気から自分だけが浮いているようであったが、今ではそれも感じられなくなった。
そんな和也には他人には知られたくない秘密があった。
その事で人知れず悩み、知られてしまう事に怯えていた。