迷宮の魂

 睡眠誘導剤入りの点滴が効き始めているのが芳子にも判った。

 少しずつ意識が遠退いて行く。

 彼の姿が朧げに浮かんで来た。

 25年という人生の中で、和也と過ごした時間はほんの僅かな時間でしかない。

 だが、こうして意識の底に沈殿している記憶の全ては、不思議な事に彼の事ばかりなのである。

 彼の姿が、ふっと消えそうになった。

 いや、いったらあかん……

 うちを置いてかんで……

 混沌とする意識の中、芳子は左手の手首を見た。

 五本の傷跡。

 和也の手首がそれに重なった。

 無意識のうちに点滴の針を抜いた。

 ベッドから起き上がる体力などとっくに無い筈なのに、彼女は起き上がるや否や、シーツを引き裂きだした。

 うちを置いてかんで……

 まっててな……

 長い一本の紐を作り、窓の網戸を外してそこに通した。

 洋便器に足を乗せ、芳子は窓に通したシーツに首を絡ませた。

 もうすぐ、あんたのところへ行くから……

 足を宙に投げ出す。

 不思議と苦しみは感じなかった……。





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