迷宮の魂
浪岡芳子は初公判前日の深夜、身柄を拘留されていた医療刑務所の独居房内で、裂いたシーツを紐代わりにし、首を吊った。
巡回の刑務官が発見した時には、既に心肺停止状態になっており、刑務官等による懸命な蘇生処置も及ばず、浪岡芳子の心臓は二度と動かなかった。
彼女の遺骸は、そのまま司法解剖に回された後、荼毘に付されたが、松山の親族はその遺骨の引取りには現れず、所内にある小さな墓石の下に無縁仏として埋められた。
現場から逃走した佐多和也の消息は、公開捜査にも拘わらず何の手掛かりも掴めなかった。
公開捜査後に寄せられた情報も、その多くは定かではないものが殆どで、大阪の西成で見掛けたとか、沖縄に潜伏しているといった情報に振り回されていた。
二年後には捜査本部も人員が縮小されてしまい、事件そのものも風化して行った。
八王子署で専従捜査に当たっていた前嶋も、事件発生から三年半後、異動を命じられていた。