迷宮の魂
美幸の事などまるで眼中に無いといった感じで、すたすたと玄関を上がり、奥の部屋へと入って行く。美幸に上がれとも何も言わないものだから、玄関先でどうしていいものか判らず、立ったままで居た。
その事に気付いたのか、男は美幸を見てこっちだと言わんばかりに首を動かした。
綺麗に磨き上げられた廊下は、まるでアイススケートのリンクのようで、靴下を履いていた美幸の足を覚束無くさせた。
廊下を挟んで右側に部屋があり、手前が客間なのか応接セットがあった。
並んで八畳程の茶の間があり、その奥に更に広い居間があった。
居間の左側が広い台所になっている。廊下の左側は、手前からトイレ、風呂場、洗面所、洗濯場と続き、それぞれがかなりの広さを持っていた。
案内された部屋は奥の広い居間で、美幸が都内で借りているワンルームの四、五倍はあろうかと思われた。その後、ここで大人数が食事をしたりするのだと知るのだが。
男は美幸に座布団をすすめ、冷蔵庫から麦茶を出して前に置いた。
十人近くが一遍に座れそうな位に大きなテーブルは、巨木を切った天然物の一枚板で、その厚さも美幸の手では掴めない程のものだった。
こんなに立派なテーブルを見た事がない。テーブルだけではない。壁際に置かれたサイドボードや、台所にある食器棚なども、見るからに高級感が漂っている。麦茶が入れられたグラスにしても、以前、デパートの食器売り場で見た事のある江戸切り子の感じに似ている。
男はサイドボードを開け、自分の分のグラスを取り出し、それに麦茶を注いだ。
「ママから店の事とかお給料の事で詳しく話があると思います。部屋へは、その後に案内しますから」
突然男はそう言って麦茶を一気に飲み干した。
男は台所の隅にあった椅子に腰を下ろし、煙草を吸い始めた。