空中少年(Gnawing at this heart)
本棚の陰から中里が顔を出した。

「長谷川。来てたんだ」

騒がしい廊下とドア一枚で隔てられた図書室の、曖昧な静けさに中里の声が溶ける。


「今日は部活ないの?」


中里の左腕には、何冊も本が抱えられていた。

本棚の向こうを覗き込むと、低い脚立と、小高い本の山が床に。

図書委員の仕事の最中だったのだろう。



「ミーティングだけ。もう終わった。中里は?」

「今日は五時まで。待ってる?」


携帯を開いて確認すると、時刻は四時を回ったところだ。


「待ってる。何か貸して」






窓際の席に座り、本の表紙を開く。

瀬尾まいこ『天国はまだ遠く』、以前にも中里がすすめてくれた作家だ。

俺にはちょっとふわふわして感じたけど、長谷川には合うんじゃないかな。

そう言って貸してくれた『幸福な食卓』という作品を、時間も忘れて読み耽ったのを覚えている。


中里は私を、ふわふわした女の子だと思っているんだろうか。

ページをめくる合間、こっそりと本棚の陰に目を向ける。

本を抱えて脚立に立った中里の、後ろ姿が右半身だけ見えた。
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