雪がとけたら
第五章【約束の罪】
……………
「中川~早くしろよ~」
「今行くよ!」
そう答えながらも、僕は鏡の前から動こうとしなかった。
久しぶりにきちんとワックスで整えた髪はまぁ気に入っていた。
気に入らないのはブレザーのネクタイだ。
僕はなにかしら、首に違和感を感じるものが嫌いらしい。
学ランの時もしかり、ネクタイを弛めたり絞めたりを繰り返す。
「中川っ!」
「あ~もうっ!今行くって!」
僕は結局少し緩めて、部屋を飛び出した。
…「あら、しっかり男前じゃないの」
事務室から覗く春子さんが、穏やかな笑みで僕たちを送り出してくれた。
「春子さんは西贔屓だよなぁ」
「そんなことないわよ、中川君もなかなか男前よ」
そう言いながらも、春子さんの笑顔は西に向けられている。
西もいつもの笑顔を崩さずに、「入学式には来てくださいね」と言った。
春子さんの「いってらっしゃい」という声を背に、桜の花びらで敷き詰められた道路に足を踏み出した。