雪がとけたら
僕と一久が拾う間、落とした張本人は微動だにしない。
なんだかムカッとして、僕は動作がだんだん乱暴になる。
そんな僕に気付いてか、なだめる様に一久は僕の肩を叩いて机に戻った。
僕も渋々堪えて隣の席に筆箱を置こうとした。
…再び教室に、筆箱の落ちる音が響いた。
驚いた一久が僕を見つめる。
「…雪?」
一久の僕を呼ぶ声に、目の前の彼女は明らかに反応した。
二度目の筆箱落下に、さすがに教室のざわめきは止む。
ざわめきの落ち着いた教室の中で、僕は動くことができなくなっていた。
目の前の彼女。
伸びた黒髪はブレザーの胸ポケットを隠す程で、自然と横に流している少し長い前髪が大人っぽさを増加させた。
あどけなさの抜けたその顔立ちに、昔と変わらない大きな黒い瞳が見開かれている。
その瞳に映る僕も、同じ様に瞬きを忘れていた。
「…知り合い?」
異常な雰囲気を察して、一久が声をかけてきた。
それをきっかけに僕はゆっくりと口を動かす。
久しく呼んでないその名前。
なのに口に出すとそれは昔と同じ響きを持っていた。
「…悟子?」