雪がとけたら


あいつは僕の声ではっと我を取り戻した様だった。

僕から視線をそらし、席を立つ。


「さと…」


僕の呼ぶ声も気に止めず、足早に教室を出ていった。







呆然とあいつの出ていったドアを見つめる。

異常な雰囲気に少し教室もざわついたが、そのざわめきは自然と先程までのものへと戻っていった。

眉間にしわを寄せたままの僕に、一久は「人違いかな?」と軽く笑って言った。

そうじゃないことは僕も一久も解りきったことだったけど、多分僕に気を使ってそう言ったのだろう。


「…かもな」


僕も無理矢理笑いそう返した。



前のドアが開き、担任らしき若い男性が入ってくる。

ざわめきは椅子を引く音に変わり、一久も僕を気にしつつ前を向いた。

少しずつ教室が整頓される中、僕はまとまらない思考を無理矢理まとめようと必死だった。



「えー、入学おめでとう」



笑顔で挨拶する担任の声も耳に届かず、かといって思考がまとまるわけでもない。


ホームルームの間、僕の脳裏に浮かぶのはあいつの驚いた表情だけ。








…結局ホームルームが終わるまで、あいつが席に戻ることはなかった。




……………


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