雪がとけたら
…僕達はこっそり買っておいたケーキにロウソクを立て、佐久間さんが花火のために買ってきてくれた百円ライターで火をつけた。
海辺に甘い香りが満ちて、なんだかそれだけで幸せな気分になる。
あいつは揺らめく炎を一気に吹き消し、皆がわぁっと拍手をする。
闇のなかに確かに皆の笑顔が浮かび、あいつも弾けんばかりの笑顔だった。
切り分けることなくホールのケーキをみんなでつつき、とりとめのない話で盛り上がる。
しょうもない冗談でお腹がよじれる程笑い、ささいなことを凄く重要な事のように語り合う。
話の内容なんてもう覚えてないし何がそんなに可笑しかったのかすら忘れてしまっているけど、あの日の皆の笑顔と笑い声、潮と生クリームの混じった香りと波の音は、今でもはっきりと思い浮かべることができる。
記憶なんて、そんなものかもしれない。
大切な瞬間は、大事に保存してある雑誌のページの切り抜きの様で、いつでも引き出すことができる。
でもそれはやっぱり断片的で、古ぼけた八ミリフィルムの映像の様でもある。
例え再生できなくなっても、捨てることなんかできない。
きっと僕はこの記憶を、永遠に大切にし続けるだろう。