雪がとけたら



……………

言葉通り、あいつはスカウトを受ける気配を見せなかった。

しばしば事務所から連絡が来たり学校の門まで来ていたりしたが、あいつは全く取り合わなかった。

そうするうちに本当にやりたくないのかなという考えの方が大きくなり、僕は前ほどあいつの表情の曇りを気にすることはなくなっていた。

きっとあいつなりの良心の呵責なのだろう。




…無理矢理な結論を自分の中で出した頃、あいつからの誘いがあった。





「雪ちゃん、今日の放課後暇?」

少し肌寒くなった季節。
衣替えも終わり、僕はブレザーが苦手だからニットを常に着用していた。

あいつはいつもの様にきちんとブレザーを着こなし、形の整ったリボンを胸元にたたえている。

あいつが着るとシンプルなブレザーもたちまちお洒落な制服に見えてしまうから不思議だ。
それが天性のオーラというものなのだろう。

ぼんやりと赤いリボンを眺めながら「ああ」と答えた。

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれない?」

「どこか行くの?」
「本屋行きたいの。近衛隆司の新刊出たんだって。」

近衛隆司とは、最近人気のミステリー作家だ。
つい最近映画化されたことが記憶に新しい。

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