雪がとけたら



……………

病室の前に立って軽く深呼吸した。
西のあの日の話を振り切る様に頭をふる。

僕はいつもの様にドアを開けた。




「悟子?」

そっとカーテンを開けると、あいつは静かに眠っていた。

僕はほっと溜め息をつき、いつもの椅子に腰かける。

9月になっても鳴きやまないセミの声を頭に響かせながら、あいつの寝顔を見つめていた。


『知ってるかもしれないけど…』


僕はそっとあいつの髪を撫でる。

同時にあいつは目を覚ました。


「…俺が頭撫でると目覚ますんだな」

小さく笑ってそう言うと、あいつも微笑んで「雪ちゃん」と呟いた。

起き上がろうとするあいつに「寝てろよ」と言うが、あいつは大丈夫と体を起こした。


また痩せた、と思った。



「学校、どう?」

髪の毛を整えながらあいつが言う。

「うん、まぁ普通だよ。受験生っつっても、ほとんど推薦だし」

「秋には決まるんだよね」と嬉しそうに言うあいつの髪を、僕は一束掴む。


「…何?」
「や…髪のびたなって」
「雪ちゃんものびたよ」

あいつはそっと手を延ばし、僕の髪をすくった。

母親の掌を思い出す。



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