む☆げん愛
―8階―
早坂さんに連れられて入ったのは、デパートの奥にこじんまりとあった喫茶店。
店内に足を踏み入れた瞬間にわかった。
どうしてこのお店に連れてきてくれたのか。
店内の壁にかけられている絵画はすべて絵本作家が描いたもので、見慣れた絵や、見たこともない珍しいものまであった。
「うわぁ…。すてき」
『だろ?好きかなーって思った。
この店、学生時代によく来たんだ。
だから、店長もよく知ってる。
あの、奥の部屋がいいんですけど』
店員さんに声をかける早坂さん。
店員さんに連れられて入ったのは、扉のない奥まった場所にあった部屋。
テーブルが3つ並んであるだけの小さな部屋。
部屋に入ってすぐ、一面の窓。
夜にここからネオン街を見渡せば、間違いなく絶景のスポットになるだろう。
座席に案内されて、私の目に飛び込んできたもの…
私たちが入ってきた側の壁一面に、所狭しと並べられている大好きなジョン・カールの絵。
その作品のあまりの多さに、言葉を失った。
「すごい…。こんな絵、みたことない。」
『ここの店長、ジョン・カールの大ファンなんだ。
このあいだのジョン・カール展、ゆっくり見れなかっただろ?
ごめんな…』
「いえ、私も…それどころじゃなかったというか。
だから、大丈夫です」
それでここに連れてきてくれたんだ…。
『今度、店長に合わせてやるよ。愛音と話合うかもなー。
でも、男だからなー…
どうすっかなー。』
「えっ?」
『いや、何でもねー。
あの、すいません。
シフォンケーキお願いします』
ここのシフォンケーキは絶品だぞ。って豪語する早坂さん。
その必死に説明する姿が、なんだか子どもっぽくて笑ってしまった。
だけど、やっぱりけいちゃんの顔が浮かんできて、心からは笑えなかった。