セレーンの祝福
いつも陣取っていた暖炉の前も、いつも駆け回っていた庭の芝生にも。
大好きなあのキャラメル色の毛並みは何処にも見当たらなかった。
「ねぇ、ししょー」
洗濯をしていた師匠は、呼びかけにゆっくりとこちらを向いて、首を傾げた。
手には師匠のお気に入りのローブ。
この間も洗っていたのにまた洗ってる。
「ロイから手紙が来てなかった?テーブルの上を見てごらん」
ふんわりと笑った彼は、また洗濯を再開した。
ロイから手紙!
弾かれたようにテーブルへ向かうと、椅子へよじ登る。
見上げただけじゃ分からないテーブルの上。
師匠が教えてくれないと分かる訳ないじゃない。
少し膨れながら、テーブルの上にそっと置いてあるメモ紙に手を伸ばすと、椅子へ座ってそのメモに目を通した。
「ロイって……じがへたっぴなのね」
簡単に書かれた「でかけてきます」の文字。
右下にはご丁寧にロイの手形もついていた。
あの短い指に肉球じゃ、鉛筆だって持つのは大変に違いない。
それでも一生懸書いてくれたんだと思うと、心がぽかぽかしてあったかくなった。
「ししょー!おてがみよんだ~!いつかえってくるかな?」
ローブを干す師匠の後姿。
振り返らずに、唸っている師匠の前へ回り込むと、少し困った顔をしていた。
「いつかな?」
師匠も分からないみたい。
やっとあったかくなった日差しを浴びて、何だか嬉しくなって。
私は芝生の上を転げ回った。
ロイみたいに。
「ししょー、ロイおみやげもってきてくれるかなぁ」
仰ぎ見た青空に浮かぶ白い雲は綿菓子みたいに柔らかそうで、ロイが美味しいお菓子を持ってきてくれないかな、なんて考える。
お土産はないんじゃないかな、なんて言葉を落として、師匠は私を抱き上げる。
背中についた葉っぱや土を掃うと、また洗濯しないと、と唸った。
「ねぇ、ししょー……」
「あらー!大変だったわねぇ!」
私の言葉をさえぎって聞こえたのは、近所のおばさんの声。
買い物途中だったのかもしれない。
手にした買い物カゴからは野菜がはみ出ていた。