セレーンの祝福
何処か悲しそうで、でも穏やかな表情。

こんな表情、いつか見たことがある。

そう、今朝だって。

「世の中には知らなくてもいいことだっていっぱいあるよね?」

切り出した言葉は、冷ややか。

フォークから巻き損ねたパスタが皿へと戻っていった。

「そう……かもしれません。けど、そんなの知ってみないと分からないじゃないですか」

無知は罪。

師匠の書斎に置いてあった本に書いてあった言葉。

小さい頃は分からなかったけれど、最近はその意味が分かるようになってきた。

知らなくてもいいことは、本当はあるのかもしれない。

けど、知らないということは「真実を知らない」ということではないのか。

例えば、ロイの死を隠した師匠の優しさだって、暴かれなければ私はいつまでもロイの帰りを待って、冥福を祈ることすらしなかっただろう。

それなら、例え知ることで悲しい出来事があったとしても。

「知ることでもっと色々なことを考えたり、正しい判断をすることができるんじゃないかと思うんです」


私は、そうしたい。


「それで、幸せが奪われたとしても?」


師匠の瞳が日の光に染まって、いつもよりも淡く碧く煌く。

その双眸が細められて、何だか背中がそわそわした。

もうとっくに冷めてしまったパスタ。

沈黙に響く朗らかな鳥のさえずり。

行儀よく膝の上にそろえた両手が汗ばんでいる。


「でも……知らないで幸せなんて…何か気持ち悪くないですか……?」


知らないところで、自分の知らないことが起こっていたとして。

何だかそれって、凄く気になる。

いや、知らないんだから、そんなの気にならないのかもしれないけど。

知り尽くしたいのが私の好奇心なのであって。

ていうか、大体、ラグスに行くことって、そんなに警戒しなきゃいけないこと?

そんなに大国って危ないのかな……。

何かちょっと怖くなってきた……。

沈黙が痛い。


「師匠……何とか言って下さい」

「何とか」



………師匠…!!



その後、どちらも全く口を開くことなく朝食は終わった。




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