セレーンの祝福
見るのは何年ぶりだろうか。
見る度に言い知れぬ恐怖が身を震わせ、小さな私はよく泣いたものだ。
それを慰めてくれたのが、師匠。
小さな私の背中をぽんぽんとその暖かい手のひらであやしながら、大丈夫、大丈夫と呟く。
いつまでもいつまででも。
その遠い記憶も今となっては、それ自体が夢だったのではと思えるほど儚い。
というより、今の師匠からそんなことしてくれていたなんて信じがたい、というか……。
「カミル。卵は半熟っていつも言ってるのに」
「ひぃ!!!」
何度言っても分からないんだから……なんてぶつぶつ零しながら、耳元へ囁きを残して、ミルク片手に彼はテーブルへついた。
慌ててフライパンを火から下ろし、すっかり完熟になった目玉焼きを皿に盛り、ベーコンを添えた。
「師匠、気配を消して近付かないで下さい。心臓が止まります……」
「気配なんて消してないよ。普通に近付いた。考え事なんてしながら料理しているカミルが悪いと思うけど?」
ちらりと視線をこちらへ向けて、小首を傾げる様は、彼を年齢よりも少し幼く見せた。
料理している間に意識を飛ばしてしまったのは、確かに私の落ち度なんですが。
悔しそうに歪んだ眉間を見て、彼は艶のある表情でにやりと笑った。
「それで?何の考え事だったの?」
長い足を組みながら新聞を広げる仕草は、相変わらず心臓に悪い。
「何で師匠は恋人の一人や二人いないんですかね……」
師匠と同じ年代の村の男達は、もうとっくに結婚をして子供も二人は儲けている頃だ。
これだけ器量よしの男に全く女の影がないなんて……。
「性格がネックか、師匠に女への興味がないからですかね……」
自分から質問をしてきたくせに、答えをスルーして静かにマグカップを傾けると、彼はその双眸を細めた。
いかにもくだらないと言いたげだ。
「で?何の考え事だったの?」
あ、そこ、なかったことにされたんですか。
まさかの仕切り直しに、思わず肩を落とす。