美桜 ~俺の美しい桜~
桜の嵐
「ごめん、ちょっと出てくる」
無造作に掴んだシャツを引っ掛けて、上辺だけの詫びの言葉に笑みを重ねた。
「え~、どこ行くのよぉ」
艶のある唇を突き出して甘えるように擦り寄る女を、横目で見る。
……誰だっけ?
えーと、名前は――、
思い出そうと巡らせた思考に、思い止まる。
この女の名前を思い出そうが忘れていようが、何も支障はない。
そもそも、知らないのかもしれない。
女という身体をしている、重要なのはそれだけ。
「ごめんね。ちょっと大学から呼び出されてるんだ」
とびきりの笑顔を見せれば、それだけで済む話。
ほら、な。その頬を赤く染めて俯いた女に、内心ほくそ笑む。
「……ん、すぐ帰ってきてよ?」
「当たり前だろ」
顎に指をかけ上を向かせて軽く唇を重ねる。
最後に余韻のようにその下唇を舌先で舐めた。
「行ってきます」
そしてもう一度、極上の笑み。
シーツに半裸を覗かせたままボウッとした目をする女を置いて、家を出た。