君に染まる(後編)
「久しぶりだね、創吾くん」
背後から声が聞こえ振りむくとスーツ姿の少し小太りの男性がいた。
その後ろから菅咲さんが現れる。
知らない人だけど、先輩の様子からこの人が菅咲さんのお父さんだということは私にも分かる。
菅咲さん達から隠すように先輩が私の腕を引いた。
「お久しぶりです、菅咲会長。本日はお越しいただき大変光栄です」
「なんだね、えらくよそよそしいな。そんな仲でもないだろ。それに今回の仕事は元は私と君のお父さんが企画したものだ。成果をこの目で見るのは当然だろ」
「そうでしたね。私と蘭さんはおこぼれをいただいただけでした」
「こらこら、そーいう言い方はないだろ創吾くん。冗談だよ」
ははっと笑ったその人は、さて、というように一呼吸置いて私に視線を向けた。
「…それで?このお嬢様はどなたかな?」
体の半分を先輩で隠されていた私はどうすればいいか分からず、先輩の服をぎゅっと掴んだ。
「先ほどから少し注目を集めていたようだが、どういう関係で」
「創吾さんが通ってらっしゃる学園の方ですわ、お父様」
先輩が言うより早く菅咲さんが口を開いた。
「百瀬未央さん。創吾さんのご友人です」
菅咲さんの笑顔が怖い。
思わず顔を背けてしまった。
「友人?百瀬、とは…聞いたことないな。失礼だがお父様は何のお仕事を?」
先輩の友人というからどこぞの社長令嬢と思っているのだろうか。
「創吾くんに靴を履き替えさせ、腕を組み、ただの友人とは思えないんだが…どこのお嬢様だ?いや、そんなのは関係ない。君は創吾くんに婚約者がいるのを知っているか?ここにいる私の娘がそうだ。申し訳ないが娘が悲しむのであまり創吾くんに近寄ら」
「お言葉ですが、会長」
会長さんの言葉を遮り、後ろ手に私の姿を2人から完全に見えないようにすると先輩は少し怒りのこもった声で口を開いた。
「お互いきちんと挨拶もしていないうちからそのような発言、恥じるべき行為ではありませんか?」
「なっ…」
「菅咲財閥の会長ともあろう方が常識も持ち合わせていないのかと噂になりかねませんよ」
私の腕を掴んでいる先輩の手に力が入る。
「なんだその言い方は。常識を語るなら君から紹介するのが筋というものではないのか」
「紹介ならしますよ、でも今じゃなかっただけです」
先輩は振り返ると辺りを見渡し、誰かを見つけたようにするとその人物を呼び寄せた。
それと同時に会場の照明が落ちる。