君に染まる(後編)
管咲さんのお父さんのその言葉に、先輩のお母さんは言い返さなかった。
そのまま管咲さんのお父さんをまっすぐ見つめ、しばらくするとはぁとため息をついた。
「これ以上何を言っても無駄ですね。管咲さんと獅堂の方針は明らかに違います」
「え、あの」
「そういえば、獅堂との契約を切られることを望まれていたんでしたかしら…残念ですけど仕方ありませんわね。このホテルを最後に今後一切獅堂と管咲は関わらないということで」
この場にいる先輩のお母さん以外の人間がギョッとした。
あまりにも軽い口調で言うものだから本心なのか分からない。
「母さんいいのか?」
「あら、どうして?困る?」
「いや別に困らないけど」
先輩も、あまりにも軽く発言をする。
「そうじゃなくて、父さんに相談しなくていいのかってことだよ」
「あら大丈夫よ。一吾さん、私には逆らえないから」
にっこり笑うと管咲さんのお父さんに「じゃあ、そういうことで」と言い畠山さんを呼び寄せた。
「畠山、会場に案内してちょうだい。教えてくれたホテルの名前見て早く一吾さんのとこに帰らなくちゃ」
早く早く、と子供のように腕を振ってみせる。
「母さん、もしかしてそのためにイタリアから帰ってきたのか?」
「そうよ!畠山がぜひっていうから急いできたのに創吾のスピーチには間に合わなかったのが残念」
しょんぼりとうなだれた先輩のお母さんは顔をあげて私を見るとまたにこっと笑った。
「でも、こんな可愛い創吾の彼女に会えただけで十分。母さん満足よ」
そう言い、腕時計を見る。
「さ、畠山。早く案内してちょうだい。それじゃあ皆様、失礼いたします」
丁寧なお辞儀をすると真っ青な顔をした管咲さんのお父さんには目もくれず畠山さんと一緒に足取り軽く会場の方へと歩いて行った。