君に染まる(後編)
「…俺帰るわ」
「え?」
急に立ち上がった先輩を驚いて見上げる。
「送ってやれねぇけど、楓いるんだし大丈夫だよな?気を付けて帰れよ」
広げていたお仕事関係らしき書類をまとめながら淡々と話す先輩は、
あたしの視線に気づいたのか顔をあげて優しく笑った。
「そんな顔すんなよ。寂しいのか?」
「え?あ、えと…」
…またこんなとこで詰まる。
素直に寂しいと言えたらどれだけ楽だろう。
それでも、そんなあたしに先輩は、
「分かってる」
そう言って頭を撫でてくれる。
「じゃあ、今夜も電話するから」
「はい…さよなら…」
ぺこっと頭を下げ、先輩が部屋から出るのを見届けた。
あたしも帰ろう…。
ピアノの足元に置いていたカバンに楽譜をしまい、部屋を出る。