君に染まる(後編)
「もう弾いた?」
目の前のピアノルームを指差す堀河さんに小さくうなずく。
「でも…少しだけ。なんか、いろいろ考え事しちゃって思うように弾けなかったので休憩してたんです」
「いろいろって…もしかして、彼氏くんのこと?」
「え…どうしてですか?」
「最近吏雄がイラだってたしねぇ…なんか『アイツには負けん!』って言いながらパーティーの計画とか必死にたててたし」
「………」
「ははっ、嫌そうな顔。吏雄はさあ…もっと未央ちゃんのこと見るべきだよね。一方的すぎるもん。でも、まあ…」
そう言うと、あたしを見て優しく笑う。
「未央ちゃんのこと、本当に大切なんだと思うよ」
「……………はい」
堀河さんの言葉にそう呟くことしかできない。
分かってる…。
お父さんが不在の我が家で、あたしとお母さんを守ってくれてるのはお兄ちゃんだ。
5歳年上とはいえ、あの頃はお兄ちゃんもまだ子供で。
それなのに、お兄ちゃんはいつもあたしの側にいてくれた。
ものごころもまだついていなかったあたしより、お父さんっ子だったお兄ちゃんの方がずっとずっと寂しかったはず。
それでも、いつも笑顔でいてくれた。
その結果、シスコンになってしまったとしても、度が過ぎたとしても、大切なお兄ちゃんであることには変わりない。
……だけど…。