君に染まる(後編)
人ごみは得意じゃない。
人を押しのけて歩けるほど積極的にはなれない。
出かけた先で人ごみに遭遇したとして、自分に対して向かってくる人もいれば横切っていく人もいる。
そんな人たちを優先していると、自分が歩き出すタイミングを掴めないまま最終的には立ち止まってしまう。
そのせいで、いままで何度人とはぐれたことか…。
人ごみに対するストレスが徐々にたまり、深いため息をついたその時だった。
「お嬢さん、彼氏とはぐれたの?」
上から降ってきた声にゆっくり顔をあげる。
「親切な俺が案内しようか?」
それは、あたしを見下ろしながら楽しそうに笑う創吾先輩だった。
少し声色を変えたわざとらしい演技に呆然としていると、スッと手を握ってくる。
「あー…でもお嬢さん結構俺のタイプなんだよね、このままお持ち帰りしちゃおっかな」
「え?」
「彼氏なんかほっといて、俺と一緒に遊ばない?」
口元をにやつかせ顔を覗き込んでくる姿に、思わず笑ってしまった。
そんなあたしを見た先輩は、安心したように微笑むとあたしの手を更にギュッと握った。
「はぐれねぇようにちゃんと掴んでろよ」
人ごみを抜けていく先輩の後ろを引っ張られるように着いていく。
先輩が壁になってくれるおかげで思った以上にスタスタと歩いていけた。
あたしよりずっと大きな背中を目の前にしたことで安心感が生まれ、ホッと心が温かくなった気がした。