君に染まる(後編)
フロントへ向かうとそこにいた人全員がスッと頭を下げた。
その中から、1人の女の人が代表者のように前へ出てくる。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。準備は出来てますか」
「はい。整っております」
そう言ってカードキーを渡す女の人に「どうも」と言うと、先輩は私の手を引いた。
「どうぞ、ごゆっくり」
にこっと笑いかける女の人に慌てて頭を下げ、先輩について行く。
フロントのすぐ近くにあるエレベーターへ向かっていると、遠くの方からピアノの音が聞こえてきた。
無意識に視線を向けると、開かれた扉の奥に大きなホールがあり、いくつかの丸いテーブルに何十人かのお客さん。
そして、その奥のステージにグランドピアノが見えた。
「ディナーショーやってんだよ」
「ディナーショー?」
「ああ。俺は企画に参加してねぇから詳しくは知らねぇけど、有名なピアニスト呼んだらしい」
「誰かは分からないんですか?」
「………行かねぇぞ」
「別にそんなこと…」
少し拗ねてしまった先輩に小さなため息をつく。
「んだよため息…今は俺優先だろ」
「あの…ピアノに妬いてます?」
「ちげぇよ、ピアノじゃなくて…」
…?
黙り込んでしまった先輩の顔を覗き込むと、思いっきり顔をしかめていた。
「………先輩?」
「…なんでもねぇ……止めだ、この話」
そう言うと、繋いでいた手にギュッと力をこめ、ちょうど扉の開いたエレベーターへ乗りこんだ。