僕の唄君の声
バタンッ
固い音と共に、ドアが閉まった。
玲は私の腕を掴んだままで、背中を向けたままだった。だから、表情なんてものは見えなくて、玲が怒ってるのだと、そう思った。
「ご、ごめ‥な、さい」
怖くなると、謝る。
誰かの怒った顔が嫌で、謝る。
「なんで、謝る‥?」
あの出来事でついた、とても醜い癖。
「な、なんか怒って、る‥から」
「ははっ、怒ってるかー?」
そう言いながら振り向く玲は何とも言えない、苦笑いのような笑顔をしていた。
道中での、キスを拒んだときの表情だった。
それに気付いて息が詰まって、玲の問いに上手く答えられない代わりに、首をブンブンと横に振った。
「‥だろ?」
「う、ん」
それからは少しずつ少しずつ、会話をしていった。ただ、本当のことを言うっていうのは少し、難しいと思った。
「壱葉はキス、いや?」
「嫌っていうか、キ、キ‥キス、したら何かが変わっちゃいそうな気がして。」
「(あ、キスって言った。)」
「経験ないから、下手くそだろうし、玲に引かれるのも嫌だし‥」
「引かねェよ。」
不安に思っていたことを言葉にすると、
それをキッパリと否定をした玲は私にベッドに座るよう促した。
「男を分かってねェな、壱葉は。」
「‥‥?」
「好きな奴の初めてをもらえる男ほど幸せな奴はいねェよ。」
「めんどくさい、とかは?」
「ああ、それはあるな。けどな、初めてっていうのはどうしてか忘れない。思い出になるんだよ。」
「‥うん。」
「ていうことは、俺は壱葉の思い出になれるわけ。」
「うん。」
「それってさ、幸せじゃね?」
大切な人の中にずっと居れる
そう呟いて玲はふわりと微笑んだ。
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