迷える仔羊
東雲に話かけられて、香川さんと呼ばれた彼女は赤くなって俯いた。
そばの机の上には、フェルトで作ったバレーボールのマスコットが付いた鞄が置いてある。
バレー部の子、かな?
そうやって彼女を分析していると、彼女はそうっと口を開いた。
「えっと…やっぱり、彼女さん…だったんだ?」
俯いていた顔を少し上げ、チラリとあたしを見る。
バッチリと合ってしまった目を、あたしは思わず逸らした。
うっわ…かなり気まずい…
「うん、そうなんだ。…それで、話っていうのは?」
東雲は微笑んで、先を促す。
香川さんは、またしても俯いてしまった。
なにが「話っていうのは?」だ。
この子が呼び出した理由なんて、百も承知なくせに。
あたしはやり場に困っていた視線を、ジロリと東雲に送った。
それを東雲は、涼しい顔で受け流す。
はん。
「あっ…ええと、ゴメン、やっぱりなんでもないやっ!!」
突如パッと顔を上げて、彼女は明るくそう言った。
告白、諦めちゃうのか…
まぁ東雲があたしを連れて来た目的はそれなんだけど、なんていうか…
眉がハの字になってしまっている彼女の姿がいたたまれない。
「そう?」
「うん、呼び出しちゃってごめんね!!」
香川さんは両手を合わせて東雲にそう言い、机の上の鞄を取って早足で教室を出て行った。